1. HOME
  2. コラム
  3. 二宮真佑子のブルズびいき
  4. Vol.11“その先の高みへ、孤高のSG”藤江建典#0
二宮真佑子のブルズびいき
Vol.11“その先の高みへ、孤高のSG”藤江建典#0

Vol.11“その先の高みへ、孤高のSG”藤江建典#0

今シーズン、プロバスケ選手の道に区切りをつけた藤江建典選手。引退後、今の心境を静かに口開く。藤江選手といえば、素早く美しいシュートタッチに、相手を翻弄する的確なパス回し。多くを語らずとも藤江選手のプレーからバスケへの情熱や強い信念を感じる。その真髄は、バスケの名門福岡第一高校の時代に遡る。これまでのバスケ人生を振り返り綺麗事は一切なし、冷静に率直な思いや考えをぶつけてくれた。努力を当たり前として積み重ねてきた藤江選手の次なる野望とは。第2の人生の期待や希望に胸、膨らむ。

プロの道10年経て

二宮:引退を表明してから1週間あまり、今の心境は?
藤江:引退は、ここ1〜2年で考えていたのと、実際今年で終わりかなっていう思いでやっていたので正直もう気持ちはできていたから、実感というのは全然ないというか、
悔いも何もないっていうかそんな感じです。
二宮:これまでバスケのためにストイックに打ち込んできましたがこの10年を振り返って漢字一文字で表すとどうですか?
藤江:「辛い」(笑)。よく友達とか周りからは、好きな事を仕事にできていいよねとか言われるんですよ。でも、華やかに見えるけど、僕らって9割9分は辛いことの方が多いんですよ。楽しい瞬間って、本当に勝った時とか、何かを成し遂げた時、優勝とかだけしか楽しくないんですよ。やっている過程って、バスケは好きだけどやっぱり練習も辛いし、トレーニングも辛いし、でもそれは全て自分のためだからやれるのであって。

―現役最後のシーズンとなった今季は、特別な感情を抱くことはなかったと冷静に語る藤江選手。的確なパス回しで得点を重ねるとともに、自身の素早いシュートタッチが光った。チームの成績は藤江選手が在籍していたここ数年の中で上位の成績で、1位との差もわずか1ゲーム差とあと一歩のところだった。しかし、その差は大きいとする藤江選手。これまで2度の降格を味わった経験があるからこそ、これからのチームにとって乗り越えるべき大きな課題だと実感する―

藤江:昇格できなかったのは、チームの弱さというか、1勝差というけど、それって本当に大きいし、佐賀が掴めた理由というのは、ちゃんとチームにそういう力あったのかなって感じました。僕はB1いた時も岩手でB2としていた時も降格を2回味わっていて、そういう時のチームの雰囲気とか分かるんですよ。今、良さそうに見えるけど、何かをきっかけにどうしようもない立て直しのきかない方へいってしまったって。だから岩手は途中まで首位をキープして走っていたけど、なんかどっかでこけてしまうこともあるかなっていうのはちょっと感じていた部分はあったんです。でも、そうやって気づいていたのにチームを自分で立て直せなかったのは、力不足だったなと思います。

二宮:欲しいものを掴むためにはもっと何が必要だと思いますか?
藤江:ここ3年間ブルズにいて思った1番は、馴れ合いをやめること。チームメイトは、友達でもあり先輩後輩でもあり、仲良くはあっていいと思うんですよ。でもそれは、オフコートまで。コートに立った時点で、そこはケンカしてでもやり合うというか、そういうマインドを持っている選手が少なかったというのも、ここ3年間上手くいかなかった一つなのかなとは思っています。

バスケは戦

―戦いに懸ける思いをぶつけ合う。それは気持ちだけでなくプレーにおいても容赦ない。それがチーム力を高め勝利につながると考える藤江選手なのだ。その真髄は、バスケの強豪、福岡第一高校から培ってきたものだという。ウィンターカップ、インターハイと優勝経験をした高校時代、そこは、まさに戦場。常に現状に満足しないハングリー精神があったからこそだった―

藤江:福岡第一の僕がいた時は60〜70人くらいいて、Aチームは12人。あとはもう40〜50人はBチームで別練習なんです。Aチームにいるかいないかで本当に大きな違いを感じるんです。Bチームは、HCには一切見られないんですよ。だから、1年の時からずっとAチームで出たい、出たいと思ってやってきたので、そのためにはケンカはしょっちゅうでした。僕は、全部バスケのためにやってきたので、嫌われることに恐怖心とかはなかったです。僕は、その感じがずっとブレずに染みついていているんですよね。

バスケ人生の転機

―厳しい競争に打ち勝ちトップを走り続けてきた藤江選手は、栃木、岩手、富山では毎シーズン50試合前後に出場。2013-14シーズンの富山では、チーム初のファイナルズ進出を果たし輝かしい成績を残してきた。しかし、2016-17シーズン秋田に移籍後は一転。スタメンでなければ、コートに立たない日もあった。これまでは「俺が得点をとってやる」その一心でやってきた藤江選手にとって大きな転換期となった

藤江:秋田時代を振り返ってみると、人間的に成長できたかなと思いますね。
秋田は、最初はこのメンバーが出るってベースが決まっていたんです。誰かが調子悪かったらその1枠を誰かで回すような感じだったから、控えが多かったんですよ。
本当に出ても10分前後。1秒もコートに立たない日もありました。
これまで栃木、岩手、富山は、ずっとメインで使われて毎試合30分以上試合に出ることが多かったので、今までなかった初めての経験でした。その時に初めて出られない人の気持ちというか、あぁこういう気持ちだったんだって。
それで、出ないなりにやれることを自分で見つけるようになりました。
出ている人たちの誰かが落ち込んでいたりとか悩んでいたりとかした時に、まず声をかけるようにしたりとか、スタメンが試合中楽できるように練習中は、掴んででも激しくやるとか、そういうのをすごいその時は人としてというか考え方がガラっと変わった時です。

三度の飯より筋トレ

―趣味はトレーニングというほどの筋トレマニア。ハマるようになったのは、自身の脱臼癖がきっかけだった

二宮:どのくらいのペースでやっているんですか?
藤江:ほぼ毎日ですね。20代の時とかは1日2回ジムに行っていました。練習前に行って、練習終わったらまた行ってみたいな。岩手1年目の当時のHCからも「ちょっとフジ休んで」って言われたけど、気にぜずやっていましたね。富山の時は、食事制限もしっかりやっていたので体脂肪を6%に落としたことがあって、その時、1シーズン怪我もしなかったし、何より体が軽いので自分がイメージできる動きがスムーズにできました。ちゃんと考えてコンディショニングをやるとプレーにあらわれるんだなって実感しましたね。
二宮:これだけ筋トレにハマったのはいつ頃からですか?
藤江:僕、高校の時に肩をはずしたんですよ。両肩慢性的な脱臼癖があって右は手術したけど、それがきっかけでトレーナーから「筋肉つけなさい」って言われて始めたんです。
肩のトレーニングをめっちゃやっていたら筋肉が発達してくるじゃないですか。
やったらその分の効果が体に出てくるその感じが楽しくて、そこからハマりましたね。
僕の場合は、バスケのためでもあるんだろうけど、ちゃんと結果があらわれてくれるからやっていたってのもありますね。

https://www.youtube.com/watch?v=02q1MLxVT18&feature=youtu.be

―自分を苦しめることで進化するという信念のもと、藤江選手のトレーニングは、とにかくハードなメニュー。チームメイトからも実にハードで地獄だと評判!?―

二宮:やはり苦しみに追い込むのがいいんですね。
藤江:そうですね。自分がやるのも好きだし、人にやらせるのも好きですね(笑)
でも、僕からしたら普通なんですよ。別にいじめているわけでもないので。
一緒にトレーニングやりたいっていうから、じゃあやろうって言って。その日決めたことをやらせているだけです。特に(上田)雅也とかは本当ヘタレですよ。あいつは本当言い訳しかしないですよ(笑)

痛みなくして、得るものなし

―藤江選手の座右の名は、まさに藤江選手の足跡を一言で表した言葉だ。
何かを成し遂げるためには苦しみは必要不可欠。苦しみを強さに変えるこの思いが、
今までも、そしてこれからの藤江選手も突き動かす―

二宮:藤江さんのこれまでのバスケ人生を振り返るとこの言葉はぴったり重なりますね。
藤江:この10年間、やっぱりきついことをしないと本当に欲しいものは掴めないのかなって思いました。やった分だけコートに出るって思ったので。この言葉は、大学の先輩が僕のトレーニングやバスケをやっている姿を見て言った言葉だったんです。最初は英語で「お前は本当に“no pain no gain”だな」って言われて、それどういう意味ですか?って、
聞いたら「痛みなくして、得るものなし」って。その時、おお〜、そうだな〜と思って、
そこからすごい好きな言葉ですね。

藤江建典、第2の人生

―気になる次なる道とは。今、2つの夢を抱き歩み始めている藤江選手。一つは、
自分が力を入れてきたトレーニングや体づくりの知識を駆使し、未来を担う子どもたちを育てることだ―

藤江:アスリート幼児園を作りたいんです。僕自身鍛えるのが好きだし、人を鍛えるのも好きだし、体の動かし方や筋肉の発達とかそういうことに関心があるので、将来的にやりたいなと思っています。でも、まだまだ知識も必要だし、そういう人との繋がりも必要なので準備に時間がかかります。ここ何年かで形にできるように動いていって、仕事をしながらやっていきたいなと考えています。

―もう一つは、自身のモチベーションの一つとしてフィジークに挑戦。
フィジークとは、鍛え抜かれた肉体全体のバランスの美しさを競い合う競技。
これまで筋トレに力を入れてきた藤江選手の力が試される最高の場所だ―


藤江: 今、もうここ1ヶ月動いていて、トレーニングとかも今までやっていたものを全部変えて、そっち仕様のトレーニングに変えています。食事制限もやって1日3回プロテインも飲んでいますし、何時間か置きにサプリメントとかも飲んでいて、そういう生活しています。

―早速、その体の変化に気づいた2人がいた。この日、藤江選手の誕生日と引退をお祝いのため駆けつけた千葉慎也選手と福田亮TTだ。インタビュー中に突如、歌いながら登場した―

藤江:今?タイミング考えろよ!
千葉:じゅーbヴァっお疲れ様!
藤江:なんて?(笑)
千葉:10年間お疲れ様!誕生日おめでとう!
え、ごつい。ジャージパツパツ!!なんか倍くらいになってるでしょ!
藤江:ごつい?
千葉:ごついよ!どうしたの?
藤江:トレーニングやりおってん。
千葉:にしても大きさが違うじゃん!
藤江:今、週7でやりおるよ。
千葉:笑
福田:めっちゃパツパツやん。サイズ小っちゃなってもうてるやん。
藤江:でも、5キロ位くらい痩せたよ、今減量しようもん。

バスケで生まれた「繋」

―バスケ人生を漢字一文字で表してもらった。これまでの道のりは「辛」と表現していたものの、色紙に綴ったのは「繋」。自身が選んだ道で生まれた縁を大切に新しい道を切り拓く―


藤江:バスケットをやっていなかったら、こうして岩手の人たちと繋がることもないし、
こういうコミュニティが広がったのもバスケットのおかげだと思っています。
人と繋がらせてくれたきっかけだから「繋」ですね。選手もそうだしチームに関わるスタッフさんとかスポンサーさんですね。これまではオフの時には、栃木や秋田、富山にも行きました。今でもつながっている人はたくさんいるから、今はこういう状況なので行けないけど、会いに行きたい人はいっぱいいるので落ち着いたら、時間つくって行こうかなと思っています。

―最後に、これまで熱い声援を送ってくれた皆様にメッセージを―

藤江:本当にみなさんに支えられてのバスケット人生だったと、改めて振り返ると思うので、みなさんの声援が選手たちの力になっているのは間違いありません。
これからも声援をしてくれると選手たちも頑張れると思うので、引き続きブルズのことを応援していただけたらと思います。

※次回は、#68永田晃司(ながた・こうじ)選手です。乞うご期待!