1. HOME
  2. コラム
  3. 二宮真佑子のブルズびいき
  4. Vol.29 “若き縁の下の力持ち”大村彩子・新田壮吾
二宮真佑子のブルズびいき

Vol.29 “若き縁の下の力持ち”大村彩子・新田壮吾

新人チームスタッフ、マネージャーの大村彩子さん(20歳)と通訳の新田壮吾さん(18歳)
社会人デビューしたばかりの2人にとって試行錯誤の毎日だ。小学生の頃からすでにこの道を決めていたという大村さん。バスケ経験者でもありその知識と技術を活かしながら日々のきめ細かいサポートに徹し責任感の強さを感じる。コミュニケーションを第一に大切にする新田さんは、初挑戦としての通訳も自分なりのスタイルで選手との関係性を築く。若いながらも先のビジョンを見据え“ありたい自分”を大切に突き進む2人がいた。

二宮:チーム入りして3ヶ月、どうですか?
新田:新しい環境に飛び込むことが好きなので、高校を6月に卒業したばかりですけど、おかげさまで楽しくやらせてもらっています。
大村:みんな優しいです。話しづらい人もいないし。こういう世界って、1人くらい怖い人いてもおかしくないじゃないですか。だけどそういう人が1人もいないです。
ドジャーも話しやすいですし、慎也さんも一緒にスクールコーチをやらせていただいたりして、やりやすさしかないです(笑)

決めていたこの道

―小学校の時からバスケットに関わる仕事がしたいと決めていたマネージャーの大村さん。
バスケ経験者でもある彼女は、小3から始め、中学、高校は三重県で上位3位内の成績。
東京の専門学校では昨年全国優勝を果たすなど活躍してきた。そんな彼女がチームを支える側を選んだ理由とは?―

二宮:大村さんは、ことし二十歳?20代になっての目標はありますか?
大村:う〜ん、今まで支援してもらうとか手伝ってもらうとか、何かをしてもらう側だったので、これからは自分が何かをしてあげられるようなことをしたいです。
二宮:バスケ経験もあるとお聞きしていましたが、選手としてではなくチームを支える側の役割を選んだきっかけは?
大村:選手としては上手くなかったから(笑)でも、バスケに関わりたいと思っていたので選手は無理だからじゃあどうしようって考えた時に、チームスタッフやフロントスタッフになってバスケットに関わっていけたらいいなって思っていました。
二宮:いつ頃から決めていたんですか?
大村:小学校の時から。
二宮:え、そんなに早くから?
大村:卒業式で卒業証書をもらう前に自分の将来の夢を話す場面があって、その時すでに「バスケ関係の仕事に就きたい」って話していました。

もう一度見直すために

―釜石市出身の新田さんは、小学4年生の時に東日本大震災を経験。祖母や友人を亡くし辛い日々を乗り越えてきた彼は、自分だからできることを見出し動き始めていた。
小学3年生の時から続けていたラグビーを通じて彼の活動は広がった

新田:僕の原点は震災とラグビーです。中学の時には震災関係でニュージーランドに派遣させてもらって、ワールドカップの会場の1つに釜石が決まった2015年の時には派遣大使としてイングランドにいかせてもらって。中学卒業した後は、長野県のインターナショナルスクールに入学したんですけど、そこでも震災とラグビーをつなぐプロジェクトを立ち上げて地元釜石の高校生を巻き込んで、すべてがつながってきたって感じです。
二宮:地元釜石でW杯が開かれるって決まった時はどんな気持ちでしたか?
新田:正直、“まさか”とまでは思わなかったです。釜石に決まったのは必然的、そういう思いもありました。日本にとって震災という出来事は大きなことで、世界的にも大きく報道されたニュースなので、その復興を世界にしっかりと示していくっていうのは、世界も待ち望んでいたことだったのかなっていうふうに後から感じましたね。だからこそ、開催されて当然かなってその時は思いましたね。

―スポーツを通してまちの復興につなげたい、その一心で突き進んできた新田さんは今、
本当に自分のやりたいことなのか模索の時期に。その思いを確かめその先の道を見つけ出すために、岩手ビッグブルズの通訳という新しい道を選んだ―

二宮:これまでとまた違う環境になりますが、通訳のお仕事には興味があったんですか?
新田:実は通訳は一番やりたくなかった仕事で、インターナショナルスクールに行って英語は話せますけどペラペラではないので(笑)やっぱり僕にとって東日本大震災って大きくて、中学も高校でのプロジェクトも全部その思いから始まっていたんです。だけど最近本当にそれが自分の思いでやっていることなのかってわからなくなってきて。
じゃあ1度見つめ直す1年間にしようって思っていたところにブルズの話をいただいたんです。聞けばブルズのスタートは、震災の年で復興をスローガンに掲げるクラブということを知って自分の思いを見つめ直すのにいい機会だなと思って通訳の仕事をやろうって決めました。

マネージャーとしての心得

―初めてのマネージャー業で日々覚えることで大変だと話す大村さん。肌身離さず持っているびっしりと書かれた1冊のメモ帳には、彼女の責任感の強さと努力の証が。そして、
彼女なりのマネージャーとしての心得も聞いてみた

二宮:マネージャーとして心掛けていることはありますか?
大村:とにかく今は分からないことだらけで吸収することしかないですね。
最近はメモ帳が手放せないです。

二宮:うわぁ、たくさん書いてあるね。何が書いてあるの?
大村:「11月30日集合写真提出」とか「お弁当の手配をする」とか、その日にやることを全部書き出してチェックしていきます。何日目の朝ごはんが手配できていないってなったらまずいな〜とか、遠征終わるまでそういうことで頭がいっぱいになります(笑)
何か手配ミスがあったらいけないなっていう毎日で、ミスはないのが当たり前っていうのにしないと、それ以外のことプラスアルファができないので。
二宮:練習中で意識していることとかありますか?
大村:選手がシューティングした時に遠くにボールが飛んでいった時に自分がとりにいくんですけど嫌な顔をしないで走ってとりにいくようにしています(笑)
あとは、「誰よりも早く練習に、体育館に行くこと」です。誰もいないと寂しいかな〜って思ったり(笑)個人的にマネージャーが1番にいるっていうイメージもありますけど、選手が体育館に来てすぐにシューティングとか体を動かせるような準備をしています。

真のコミュニケーションを

―通訳の新田さんは、バスケットの専門用語を駆使した通訳を日々勉強中。しかし、言語だけにとらわれず、選手と正面から向き合ったコミュニケーションを心がけたいと話す。
これまで培ってきた経験を武器に、初めての挑戦にも前向きだ―

二宮:通訳をしていて大変なことはありますか?
新田:苦労しかないですね(笑)英語がめちゃくちゃ喋れるわけでもないですし帰国子女でもないので。そういう意味で、うちのチームには僕以上に流暢な英語を話せる人が何人もいるので。龍史さんはアメリカ育ちで英語はペラペラですし、バンバも日本語も英語も話せますし。僕が全力を出してダメならば2人を頼れるのでそこは助けてもらおうと思っています。

二宮:新田さんが通訳として心がけていることはなんですか?
新田:バスケの勉強はもちろんですけど、僕が一番大切にしているのは、言語が一番ではないかなって。中学の時は英語なんか赤点とかだったんです。それでも高校は、インターナショナルスクールに行って、喋れないどうしようってなってもあくまで言語はツールであって、とにかくコミュニケーションをとるってことが大事だって思ったんです。
簡単に言えば仲良くなる!仲良くなるためには笑顔を心がけることだったり、外国人選手のサポートを心から楽しんでやることだったりっていう言語の周りにある部分からしっかりとやっていきたいと思っています。実際にそれができてくれば、彼らも僕の英語レベルに合わせてくれる時があって、特にドジャーとかも早い段階で合わせてくれたり、エリックもサポートしてくれますし、バスケのわからないことに関しては、プロが言った方がちゃんと伝わることもあるので任せるところは任せるし、自分でやれるところは自分でやる。勉強というよりも、実際にコミュニケーションを通した実践で選手との関係性をしっかりと築いたうえで通訳としての役割を果たしたいなって思います。

―最後に、開幕を楽しみにしているブースター・ファンの皆様へひとこと―

大村:今シーズンはコロナの関係で何が起きるか分からない状況が続くと思いますが、チームはB3優勝、B2昇格に向けて毎日練習を積み重ねて日々成長しているので、今シーズンも期待して待っていてほしいと思います。
ぜひ、シーズンが始まったら会場に足を運んでいただいて一緒に戦ってほしいと思います。


新田:初めての挑戦ということで、不安もありますが、まずとにかく楽しむしかないって思っています。 選手が勝つためには通訳というところも必ず重要な役割になってくると思うので僕のできる最善を尽くしたいと思います。